はるかなるプレミアムライブへの道

この記事は秋吉 Advent Calendar 2015の12/15担当分です。
妄想とリアルを行き来するこの内容を信じるか信じないかは「あなた次第」です。

秋吉を知ったのは、ある雑誌で見かけた見開きがきっかけだった。

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その少し懐かしい名前と武道館との組み合わせに私は少し戸惑い、そしてしばらくの後ひそかに興奮している自分がいた。
かつて一斉を風靡したアーティストであるカシアス細谷が再始動する、しかも武道館で。
彼のフェイバリットプレイスである秋吉とのコラボ企画によって、その伝説のライブに招待されるというもの。
ミュージシャンとして頂点を極めた彼はビジネスシーンで頭角を現しNPOといくつかの会社の代表に名を連ね業界に「仕掛け人」として名を馳せた。

マオカラーのジャケットに、フェイクのクロコのポーチを小脇に抱えミサンガを着けた手を振りかざし「おもろい事するで!」と人前で連呼するカシアスは違う意味でのカリスマを感じさせた。
ミュージシャン時代のファンは落胆する者、その後の才能を支持する者とさまざまに別れたが私個人はギター1本で時代遅れのストーンウォッシュのジージャンとジーンズ、赤いペーズリーのバンダナで調子外れのファルセットで歌う姿が好きだ。
ライブの合間にピスタチオを殻ごと食べて「この食べ方が一番うまい」というのに影響を受けたこどもが真似をして歯がかけてしまう子供が増えPTAで問題なった事もあったななどと昔の記事を思い出す。

プレライブで明かされた内容は話題のマークロンソンをDJに迎え北島三郎の「祭り」をEDMにリメイク、理論上最高値まで早くしたBPMで歌う後ろには数十人のジュリアナダンサーズ。
高速BPMに合わせてあまりに早く振られる扇が逆にゆっくり見えるほどの早さなのだそうだ。

いくら秋吉好きとはいえ「純けい100本」の道は、なかなかにハードだ
師走も押し迫った梅田の繁華街、もう少しいけば露天神社という場所にライブ見たさに有志が集まった。

予約時に100本といっても動じない秋吉の定員も流石だ。
焼きあがった串を半笑いで定員が持ってくる。
そのたびに堆く(うづたかく)詰まれる「純けい」。
それはまるで夕焼けのナイルの向こうに逆光にシルエットを浮かび上がらせるピラミッドのよう。
いや科挙のために覚える膨大な四書五経の巻物のようでもある。
油で虹色にハイライトがうかぶ「純けい100本」を前にだれもが、最初の1本を取れずに沈黙が続く。
その時おもむろに伸びた手が、その1本を軽々と持ち上げた。
数滴の油が垂れた串と同時にみなが見上げたそこには、だれあろうカシアス本人がいた来場者の熱狂はおして知るべしであろう。

露天神社のほど近くで顎のだるさを戦いつつも「純けい」と格闘せざる面々は、キタの鎮守の力を借りたのか?
元禄の世に遊女でありながら手代に許されざる恋をし、曾根崎心中と語られる悲しい最後を送った女性の名前から、この神社をみな「お初天神」と呼ぶようになる。
そんな深いストーリーを知ってか知らずか「お初天神」にかけて「100本お初〜」と連呼するカシアスをガン無視しながら
みなは興奮にうかされたまま、次第に疲れてくるアゴも忘れ
顎関節症すらも恐れずに、ひたすらに「純けい」を食べ続けた。

積み上げられた底が見えた時、皆のこころにはライブを見たさに集まった事を忘れて「純けい」の歯ごたえ、肉の旨みの奥深さ、そして秋吉の奥深さへの感動に満たされていた

「純けい」の肉本来の旨み
「シロ」の甘み
「つくね」の軽さ
「きゅうり」のジャストフィットな箸休め感

秋吉のメニューが、感動を与えてくれた
東梅田の夜を帰路につく際にはみなだれもライブの事を言わなくなっていた
秋吉の感動が本来の目的をも忘れさせるほど感動的な夜であった。
2015年の年の瀬
まだ、ライブの正式告知はなされていない

伝説のライブを待つとしよう、また「純けい」を噛みしだきながら

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